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『価格転嫁進まぬアパレル業界……衣料品は本当に30%も売れ残っているのか?』
(2025年07月07日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

国内衣類のマテリアルフロー

国内衣類のマテリアルフロー 2020

 環境省が発表した「令和6年度(2024年)循環型ファッションの推進方策に関する調査」では衣料品の平均売れ残り率は29.6%と報告されているが、果たして本当なのだろうか? 前後して日本繊維輸入組合が発表した「日本のアパレル市場と輸入品概況2025年版」や24年の家計調査と合わせて検証してみた。

 

■29.6%が売れ残って24.4%が持ち越される

環境省が三菱UFJリサーチ&コンサルテイングに委託して調査した「令和6年度(2024年)循環型ファッションの推進方策に関する調査」は重量(kt/キロトン)ベースの報告で下着やナイティまで含むが、輸入と国内生産から輸出を差し引いた国内新規供給量は822kt、販売量はユニホームなど業務用も含めて811ktだった。新規供給に加えて前期からの持ち越し在庫205ktが市場に投入され16ktが廃棄されたから、新たな持ち越し在庫が201kt発生したと結論している。

国内新規供給量(822kt)に対する新規発生持ち越し在庫(201kt)の比率は24.4%になるが、これは環境省が矢野経済研究所に委託した「令和4年度(2022年)アパレル事業者アンケート」に基づくもので、令和6年に新規に調査したデータではない。小売・メーカーから卸・商社まで対象190社中109社、57.4%が回答した矢野経済研究所のアンケート調査(ヒアリングも含む)に拠れば、『平均して29.6%が売れ残り、うち2.7%を二次流通業者に売却、1.9%を廃棄・焼却し、24.4%を翌期に持ち越した』と報告している(図表1)。

「29.6%が売れ残った」という調査結果は個別企業段階としては驚くほどの高さで、アンケートの設問や集計に問題があったと疑わざるを得ない。同じ環境省が日本総合研究所に委託した「令和2年度(2020年)ファッションと環境に関する調査」では、似たような設問のアンケート調査の結果として、『平均して13.61%が売れ残り、うち3.16%をアウトレットで販売し、3.59%を卸・商社など川上産業に返品、0.3%を廃棄処分し、6.25%を持ち越した』(図表2)と報告しているから、矢野経済研究所による2022年のアンケート報告とは随分と乖離している。

2020年の調査は小売・メーカーから卸・商社まで500社に調査票を発送して29社(5.8%)の回答を得たとしているから、回答率から見て回答要請のプッシュやヒアリングは行われなかったと推察される。2022年の矢野経済研究所によるアンケート調査では57.4%という格段に高い回収率を得ているから、回答要請のプッシュやヒアリングを行ったと推察されるが、その分、回答にバイアスがかかった可能性が指摘される。2020年の調査も5.8%という低い回収率では回答の偏りが否めず、どちらも環境省という国家機関の発表値としては信頼性を欠くものと言わざるを得ない。

 

■私が確かめた「売れ残り率」の実態

両者の「売れ残り率」は2倍以上違うが、一体どちらが衣料品流通の実態に近いのだろうか。実はもっと信頼性に足る調査結果がある。2018年5月と2019年5月に当社がクライアントにアンケート調査して電話でヒアリング確認したもので、2018年5月は26社、2019年5月は28社の回答を得て集計した(回答率はどちらも7割近い)。上場企業を含む大手〜中堅クラスのアパレルチェーンやアパレルメーカーで、問屋や商社は含まない。

2018年5月の調査結果は、アパレルチェーンの期末最終残品率は最小1%から最大13%で平均は7.5%、アパレルメ―カーの期末最終残品率は最小6%から最大20%で平均は11.3%。2019年5月の調査結果は、アパレルチェーンの期末最終残品率は最小1%から最大30%で平均は8.8%、アパレルメーカーの期末最終残品率は最小2%から最大30%で平均は12.1%だった。

仕入れ品も含むセレクトショップやファストファッションは低く、オリジナル開発のSPAやブランドメーカーは高く、カジュアルよりクロージング、とりわけ紳士服の残品率は突出して高かった。他にも似たような調査を何度かしているが、同様な範囲に収まっているから、この2回の調査値はアパレル流通の実態に近いとみて良いだろう。

ついでながら、「残品を含むロス率」(100%-歩留まり率[仕入れ売価に対する売上売価の比率])は2018年5月の調査ではアパレルチェーン平均23.1%、アパレルメーカー平均30.7%、2019年5月の調査ではアパレルチェーン平均22.0%、アパレルメーカー平均30.9%だった。値引きロスが嵩んでも売り切って持ち越しを抑制するか、持ち越しが嵩んでも値引きロスを抑制するか、という政策次第で最終残品率は動くから、「残品を含むロス率」(または歩留まり率)で捉えるべきだろう。

業界総体の「売れ残り率」は川下から川中各段階の「売れ残り率」を累積する必要があるが、各段階の企業を平均した「売れ残り率」が29.6%ではサプライチェーン総体の「売れ残り率」はとんでもない比率になってしまう。リスクを張って仕込むアパレルメーカーや企画問屋はともかく、OEMサプライヤーや商社は受注生産の手数料商売のはずで(ODMとなると企画提案の付加価値が乗る)、真っ当なら売れ残り在庫を抱えるはずはないが、売り先との力関係で分納や未引き取り、翌期持ち越しなどが発生しても二桁に乗るとは考えられない。前述した当社の調査データから見ても、川下から川中まで各段階の平均で29.6%という売れ残り率はあり得ない数字なのだ。

当社の調査データや業界で聞き及ぶ数字を総合すると、市況の好不調にもよるが「川下から川中まで各段階の累積計で30%前後」というのが衣料品「売れ残り率」の実態と思われる。

 

■供給と消費のマクロデータから言えること

 「令和6年度(2024年)循環型ファッションの推進方策に関する調査」と前後して繊維輸入組合が発表した「日本のアパレル市場と輸入品概況2025年版」と家計調査のアパレル消費支出を対照し、過去に遡って推移を検証すると我が国衣料品流通の不可逆的変質が有り体に見て取れる。

 繊維輸入組合の「日本のアパレル市場と輸入品概況2025年版」には「付属品」が含まれるので除外して計算すると、24年の輸入数量は33億5290万点と前年から0.5%減少し、コロナ前19年からは11.0%減少した。国内生産数量も6001万点と前年から6.6%減少し、輸出数量990万点を差し引いた国内供給数量は5011万点と8.6%減少、19年からは4分の1足らずに激減してしまった。結果、輸入浸透率は98.5%と0.1ポイント上昇し、衣料品の国産比率は1.5%まで落ちた。合計国内供給数量は34億301万点と23年から0.65%減少し、コロナ前19年からは14.6%減少した。

その一方で国内の小売市場規模は矢野経済研究所の集計によれば8兆5904億円と23年から2.8%拡大し※、19年の93.6%まで回復したと推計される。とは言っても、この間に衣料品の消費者物価は9.5%上昇しているから数量ベースでは85.5%までしか回復していない。14.6%減少した供給数量とほぼ見合っているから、コロナを経ても衣料品の需給バランスは全く動かなかった。その一方、輸入単価と卸単価、小売単価の推移を見れば、衣料品業界はコスト上昇を小売価格に転嫁出来なかったことが分かる。

19年から24年で対ドル為替は38.1%も円安に振れたが、衣料品の輸入単価は26.9%、繊維製品の卸価格(企業物価)は16.1%しか上昇しなかった。衣料品の消費者物価も9.5%、衣料品の小売単価(推計小売市場規模÷供給数量)も9.6%しか上昇しなかった(両者はほぼ一致するはず)。輸入コスト上昇分の卸価格転嫁率は91.5%、卸価格上昇分の小売価格転嫁率は94.4%と計算できるから、その差は衣料品業界が吸収したことになる。

家計調査のアパレル(洋服+シャツ・セーター)の平均支出単価に対する平均供給単価(推計小売市場規模÷供給数量)の比率の推移を見ると、業界の差益が圧迫されていったことが如実に分かる。20年は53.6%だったのが年々上昇して24年は64.2%と、4年で10.6ポイントも上昇しているから、その分、アパレル業界の差益が減少したか売れ残りが増えたと推計される。平均支出単価に対する輸入単価の比率も、100円割れの円高だった11年に13.8%だったのが円安と共に16〜18%と上昇し、22年以降は23%前後まで上昇しているから、OEMサプライヤーや専門商社の利益が細っていったのは容易に想像できる。

※矢野経済研究所の2023年推計額×商業動態統計「織物・衣服・身の回り品小売業」の2024年売上前年比102.8%。

 

■「中抜き」か「製販同盟」か

 輸入コストが急上昇する中、卸段階(OEMサプライヤーや商社も含む)や小売段階でコスト上昇分の多くが吸収され、差益の減少や売れ残り(翌期への持ち越し)の増加となったが、アパレル業界はどう対策したのだろうか。一言で言えば「中抜き」の加速だったのではないか。

 前述したように輸入コスト上昇分の卸価格転嫁率が91.5%と苦しかったから、商社の多くは繊維製品部門の縮小や売却に動き、アパレルチェーンは「直貿」の拡大に走った。「直貿」と言っても発注と決済にとどまっては生産管理(縫製仕様と工程・納期の擦り合わせ)や調達物流に齟齬をきたすから課題を残すが、とりあえず幾分かのコストは吸収できる。工場直の調達原価率(売価比)とOEMサプライヤー経由の調達原価率の差は2018年の調査でも2019年の調査でも2.2ポイントだったから、「直貿」によって吸収できるコストはその半分弱、最大でも1.0ポイントほどと推察される。

 「直貿」のもうひとつの弊害はサプライヤーの補給力を断ち切ってしまうことだ。小売チェーンがOEM/ODMサプライヤー経由でPBを調達する場合、一括調達とは限らず、販売消化に応じた分納や補充生産を委任するケースもある。それをEOSデータ連携して製販同盟に昇華したのがVMI※だが、それを「直貿」で崩した事例がある。

 ワークマンは長らくVMIを活用して欠品回避と在庫リスク軽減を両立させ、値引きロスは1〜2%に収まっていたが、「ワ―クマンプラス」や「#ワークマン女子」への急激なシフトで25年3月期のPB比率は68.5%、海外直接調達比率は63.1%に高まり、VMIが崩れて在庫回転が4期間で4.79回から3.48回に減速し、値引きロスも増えた。その一方、しまむらはJB(Joint Development Brand)という擬似的なVMIを活用して在庫効率も付加価値も高めている。

 アパレル業界はコストインフレと売価転嫁困難という現実に挟まれ、工場直接調達による「中抜き」か、サプライヤー活用による製販同盟VMIか、という正反対の選択を迫られている。自社にとって、どちらが顧客の支持と経営効率を高める「全体最適」か、慎重に検討するべきだろう。

 

※VMI(Vendor Managed Inventory)・・・あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態。同一商品を継続補給する「台帳型サプライ」が一般的だが、アクセサリーやベルトなど服飾雑貨では類似アイテムをリレー供給する「トコロテン型サプライ」も多い。

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