小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『しまむらvsユニクロ「賃上げ実現」の構図はこんなに違う』
(2025年07月03日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 しまむらは2025年2月期の有価証券報告書で社員の平均給与が22年比9.5%増の707.0万円と開示したが、全従業員の平均給与は同13.7%増の484.2万円、パートタイマーのフルタイム8h換算平均給与も同15.4%増の434.4万円、時給2163.3円と計算できる。社員の給与水準も小売業としては高いが、パートタイマーの給与水準と時給は突出して高い。国内ユニクロも急ピッチで賃上げを続け、24年8月期の全従業員平均給与は21年8月期比28.0%増の推計485.0万円と、しまむらをわずかながら上回った。業界の賃上げをリードする両社はいかにして大幅な賃上げを実現したのだろうか。

 

しまむらと国内ユニクロ 給与水準は拮抗する

 

 アパレルチェーンの給与水準を見る方法はいくつかあるが、手っ取り早いのは有価証券報告書の「従業員の状況 平均年間給与」を見ることだ。しまむらの25年2月期では707.0万円、ファーストリテイリングの24年8月期では1179.2万円としまむらの1.7倍近いが、ファーストリテイリングの平均年間給与は実態を反映したものではない。

 

しまむらが国内全正社員2802人の平均であるのに対し、ファーストリテイリングはグローバルな持ち株会社(経営管理部門)の正社員1601人の平均であり、他に国内ユニクロ事業だけで1万2374人、海外ユニクロ事業、ジーユー事業、グローバルブランド事業を合わせれば5万7753人(その他の1100人を合わせて5万8853人)の正社員が存在する。ファーストリテイリング連結の正社員平均給与を計算する方法はないが、パートタイマー(フルタイム8h換算人数)を合わせた全従業員の平均人件費は計算できる。

 

 しまむらの25年2月期では正社員2802人の他にフルタイム8h換算で1万2551人のパートタイマー、他に台湾の連結子会社思夢楽に451人の正社員(全従業員)が勤務していたが、思夢楽は国外であり全員正社員でパートタイマーも存在しないので、しまむら単体の従業員(国内の全従業員)について検証してみた。25年2月期の人件費は878億3100万円、給与手当は743万3200万円だったから、正社員2802人、フルタイム換算パート1万2551人計1万5353人の平均人件費は572.1万円、平均給与は484.2万円と計算できる。

 

 ファーストリテイリングの24年8月期連結では人件費は4379億7200万円と開示されているが、国内ユニクロ事業については販管費内訳の開示がなく計算の方法がないため、連結決算の販管費率38.27%、人件費率14.11%を国内ユニクロ事業の販管費率34.20%に換算して人件費率を12.61%と見れば、売上収益9322億2700万円に対して人件費は1175億5300万円と計算できる。それを国内ユニクロ従業員数(正社員1万2374人+フルタイム換算パートタイマー8137人計2万511人)で割れば平均人件費は573.1万円、人件費に占める給与比率がしまむらと同率と仮定すれば、平均給与は485.0万円としまむらの484.2万円をわずかに上回る。

 

国内ユニクロでは正社員全員の平均人件費を推計する方法がないためパートタイマーの平均給与も計算できないが、しまむらは正社員全員の平均給与も給与総額も開示しているので、パートタイマーの給与総額も平均給与も平均時給も計算できる。

 

25年2月期のしまむら単体の給与総額743億3200万円から正社員給与707.0万円×2802人=198億1000万円を差し引いた545億2200万円をフルタイム換算パート1万2551人で割れば、パートタイマーのフルタイム換算平均給与は434.4万円。しまむらは114休日の実働8h制だから、年間所定労働時間2,008hで平均給与を割れば時間給は2163.4円になる。

 

これはファーストリテイリングのナショナル正社員(グローバル転勤あり)の初任給33万円の時間給2020.4円(120休日の実働8h=1960h)を7.1%上回る。大卒初任給に限れば、しまむらは30万円で2008h制だから時間給は1792.8円とファーストリテイリングを11.3%も下回る。しまむらは販売職の初任給が24万600円とさらに低く、時間給は1437.85円とパートタイマーの平均時間給との格差が大きいから、是正が必要だろう。

 

運営効率の革新スピードに大きな格差

 

 しまむら(単体=国内全体)は22年2月期から25年2月期の3期間で売上高は13.6%、人件費は19.9%伸び、売上高に対する人件費率は12.7%から13.4%へ0.7ポイント上昇した。給与総額も18.7%伸び、正社員の平均給与は645.7万円から707.0万円へ9.5%、全従業員(正社員数+フルタイム換算パート数)の平均給与は425.9万円から484.2万円へ13.7%、パートタイマーのフルタイム換算平均給与は376.5万円から434.4万円へ15.4%上昇した。

 

 この間に売上高は13.6%伸びたが、期中平均店舗数は2158店から2196店と38店、期中平均売り場面積も4万785平方メートル(1.9%)、平均店舗面積も1.1平方メートルしか拡大しておらず、平米当たり販売効率の伸び(11.5%)が売上高を押し上げた。その一方、従業員数は正社員が108人(4.0%)、フルタイム換算パートタイマーが654人(4.45%)増えたから、一店当たり運営人数は6.81人から6.99人と2.64%増加し、一人当たり保守面積は148.4平方メートルから144.7平方メートルと2.47%縮小した。

 

それでも平米当たり販売効率の伸び(11.5%)で一人当たり売上高は3932.2万円から4276.3万円と8.75%伸び、粗利益率の向上(34.0%→34.6%)もあって一人当たり粗利益も1338.1万円から1479.8万円と10.6%増加して前述した賃上げを可能にしたが、インフレ局面におけるこの間の商品単価の伸び(14.85%)と客単価の伸び(9.48%)に押し上げられたもので、店舗の運営効率やOMO※1.な運営効率が革新されたわけではない。ここが次に検証する国内ユニクロと決定的に違うところだ。

 

  ファーストリテイリング連結では21年8月期から24年8月期の3期間で売上高は45.5%、人件費は53.5%伸び、売上高に対する人件費率は13.4%から14.1%へ0.7ポイント(期せずしてしまむらと同率)上昇した。しまむら単体と比較すべきは国内ユニクロ事業で、同期間に売上高は10.6%、連結に対する国内ユニクロの販管費率格差で売上対比人件費率を12.38%と仮定すれば、人件費は12.7%増加したと推計される。

 

  21年8月期の連結販管費率38.37%、人件費率13.38%に対する国内ユニクロ販管費率35.49%から国内ユニクロの人件費率を12.38%と仮定すれば、人件費は1042億8300万円と計算できる。これを国内ユニクロ従業員数(正社員1万3472人+フルタイム換算パートタイマー1万45人計2万3517人)で割れば平均人件費は443.4万円、人件費に占める給与比率が同年度のしまむらと同率と仮定すれば平均給与は378.9万円だったと推計できるから、3期間で平均人件費は29.2%、平均給与は28.0%も上昇したことになる。しまむらに対する給与水準も、21年8月期の89.0%から24年8月期は100.2%と拮抗した。

 

 気付かれた方もおられると思うが、この3期間に売上高は値上げによる客単価の大幅な上昇(18.3%)もあって10.6%伸びたのに(既存店客数は9.1%減少)、正社員は8.2%(1098人)、在籍パートタイマーは32.8%(9631人)、フルタイム換算パートタイマー数は19.0%(1908人)も削減され、一人当たり売上高は2915.4万円から3844.0万円へ39.1%も伸びている。一人当たり粗利益も粗利益率の向上(47.7%→50.8%)で1390.6万円から1952.8万円へ40.4%も伸びたから、平均人件費を29.2%増やして28.0%賃上げしても営業利益率は12.9%から16.7%に3.8ポイントも上昇した。

 

 この間に平均売り場面積は1001平方メートルから1048平方メートルと4.7%しか拡大しなかったが、平米当たり販売効率が89.4万円から95.2万円へ6.5%、平均店舗売上高が8億8594万円から9億9253万円と12.0%拡大する一方、一店平均運営人員は30.4人(正17.4人+P13.0人)から25.8人(正15.6人+P10.2人)へ15.1%も圧縮され、一人当たり保守面積が32.59平方メートルから40.39平方メートルへ23.9%も拡大された。ここがしまむらと決定的に異なるところだ。

 

※1.OMO(Online Merges with Offline)…ネットと店舗の垣根を超えた連携を意味し、ショールーミング(店舗からネット)による情報取得で店舗やネットの購入を促進したり、ウェブルーミング(ネットから店舗)による店取り置きや店渡し(BOPIS)、店出荷で顧客利便と在庫効率を高め物流コストを抑制するリテール戦略

 

 

RFIDに象徴される店舗DXの決定的な格差

 

 3期間にしまむらの一人当たり保守面積は2.47%縮小する一方、平米売上高が11.70%上昇して一人当たり売上高は8.75%、一人当たり粗利益が10.59%増加し、平均給与を13.69%上昇させることができた。国内ユニクロは3期間に一人当たり保守面積を23.93%も拡大する一方、平米売上が6.49%上昇して一人当たり売上は31.85%、一人当たり粗利益が40.43%増加し、平均給与を28.01%上昇させることができた。

 

平均給与上昇率の13.69%と28.01%の違いをもたらした最大要素は一人当たり保守面積の2.47%縮小と23.93%拡大にあったことは疑う余地もない。それを分けたのは店舗DXによる運営効率改善速度の格差だったのではないか。

 

ユニクロは18年の秋冬物から全商品にRFIDタグを添付して在庫管理作業の効率化に着手し、19年からRFID一括読み取り型セルフレジの導入を始め、今やほぼ全店に装備するに至っている(店舗の規模や特性に応じて有人レジとセルフレジのバランスは異なる)。対してしまむらは17年に3年後のRFIDタグ導入を計画したものの未だ実現しておらず、当然ながらRFID一括読み取り型のセルフレジも導入できていない。

 

ユニクロは継続展開商品のフェイシング管理(棚割りの維持・補充)業務が店舗運営の要で、試着落ち品の棚戻しや迷い子品の探索に膨大な人時量を要してきた。それがRFIDタグの導入でレーダー探索が可能になり、棚卸しも一点スキャンが必要なバーコードに比べれば飛躍的に高速化された。有人レジからRFID一括読み取り型セルフレジへ全て切り替えると、店舗運営人時量の3割を占めるという精算人時量は3分の1に圧縮できる理屈で(現実には有人レジも残る)、フェイシング管理・在庫管理の効率化とレジ精算のセルフ化で店舗運営人員が3期で15.1%削減されたのはなるほどとうなずける。残業を含む総人時量は2割以上、削減されたのではないか。

 

とは言っても、しまむらとユニクロでは「横売りトコロテン型」と「縦売り棚割り型」のVMD手法の違いによるマテハン作業量の格差が大きく、RFIDタグとセルフレジの導入では解決しない。品出し・補充とフェイシング管理のマテハン作業量はVMD方式で3倍強、販売効率で3.2倍違う(単価の差で軽減されるが)はずで、ユニクロのマテハン作業はしまむらの10倍近い負荷がかかる。DXはその改善には無力で、マテハン作業のタイミング集約や外注化・機械化、出荷段階や物流段階のプレハブ化で解決する必要がある。

 

しまむらは「トコロテン型」のVMD手法と出荷段階のプレハブ化、品出しと陳列整理の朝一集約、陳列番地指定や省力カートなどでマテハン労働を抑制してきたが、販売効率の高い「都心店」(と言ってもアーバン※2.立地ですが)や大型SC店が増えてくると、フェイシング量を積んで補充(ローカルテザリング※3.)や陳列整理の頻度を上げざるを得なくなり、マテハン人時量が肥大するリスクが指摘される。この課題については25年1月9日掲載の「『しまむら』の都心再進出に勝算はあるのか」を参照されたい。

 

※2.サバーバンとアーバンとエクサバン…都市圏郊外の新興住宅地域を指す「サバーバン(suburban)」に対して都市圏内の旧住宅地域を指すのが「アーバン(urban)」で、前者の典型が住居専用の一戸建て住宅地であるのに対して後者は商業地域や工業地域が近接してマンションやアパートと一戸建てが混在する再開発期の住宅地。都市圏の拡大で田畑や工場、倉庫などが混在する周辺都市近郊まで広がった住宅地が「エクサバン(exurban)」

 

※3.テザリング…店舗間で在庫を融通して在庫効率を高めるローカル・ディストリビューション手法で、蒔き切りで補給しないしまむらの場合はルート便で店舗在庫を回収してリージョナルTCで振り替える客注対応型

 

ECとOMOマーケティングにも格差

 

 店舗小売業の販管費は運営人件費と店舗費(賃料と減価償却費)という固定費の比率が高く、しまむら単体の25年2月期で売上の20.6%、ファーストリテイリング連結の24年8月期で売上高の24.4%を占める。対してECでは店舗運営人件費が無く、出荷倉庫運営費用と宅配外注費が費用の大半を占めるが、ZOZOの25年3月期では倉庫運営関連で5.5%、宅配外注費で6.5%、計12.0%、代金回収手数料2.3%を加えても14.3%に収まっている。売上規模と出荷単価にもよるが、自社ECなら店舗部門より8〜12ポイントほど販管費率は低くなるはずで、EC比率が高まるほど全体の収益力が高まっていく。

 

 この3期間で国内ユニクロのEC売上は1269億2100万円から1369億6100万円と7.9%伸びたが、総売上高に対するEC比率は15.06%から14.69%に低下して伸び悩んでいる。その要因はコロナ下のEC比率急上昇の反動に加え、18年10月の有明自動倉庫開設にあった。出荷効率は飛躍的に高まっても店舗物流とEC物流を分断して、店舗在庫引き当ての店渡し・店出荷というOMOロジスティクスに出遅れてしまい、19年から店舗在庫引き当ての店渡し・店出荷に転じてコロナ明けと共に完成し、ECも店舗販売も大きく伸ばしたインディテックス(25年1月期のEC比率は26.4%)とは一時期、明暗を分けた。

 

 今日の国内ユニクロは店舗在庫引き当ての店渡しも可能になっているが、ECの大半は有明自動倉庫出荷であり、ECと店舗販売を一体にエリア対応するOMOマーケティングへのシフトを妨げている。個別最適が戦略的な全体最適を損なった典型的な事例で、「ザラ」のインディテックスのようなOMOロジスティクスへの転換は大規模なシステム変更と設備投資・償却を要するから、国内ユニクロのECがすぐに再拡大して収益に貢献し、新たな賃上げ原資となることは期待し難い。

 

 しまむらのECは3期間で28億円から129億円と大きく伸ばしてもEC比率は1.96%に過ぎず、売上貢献も収益貢献も国内ユニクロと比較すべくもないが、店舗受け取り比率が83.7%と極めて高いことが注目される。店舗受け取り比率が高いのもEC比率が低いのも、しまむらのECが店舗客注システムの延長上に構築されているからだ。

 

しまむらはEC向けの在庫をFC※4.に抱えず、受注に基づいてサプライヤーがしまむらのFCやリージョナルTCに納品し、FCから宅配出荷、TCから受け取り店舗にルート便で配送していると推察される。店舗在庫に対する受注は、受け取り店舗ないしは同リージョナル内の他店在庫を客注引き当てしてルート便で移送していると推察される。

 

この客注システムはFCに在庫を積んで受注出荷する通常のECロジスティクスより売上の拡大は遅れるが、リージョナルTCからのルート便でテザリング(店舗間で欠品を在庫融通)するしまむらの店舗ロジスティクスをそのまま活用するものだから専用の設備投資を要さず、リージョナル内に在庫があるなら利便性も遜色ない。加えて、客注に基づいてサプライヤーが商品供給する仕組みはドロップシッピングのマーケットプレイスとも共通しており、宅配はトランスファー型のFCから振り分け出荷、店舗受け取りはTCからルート便で配送するとしても、他社商品を拡充してマーケットプレイス化しやすいことは注目に値する。

 

こうして見ると、ECでは国内ユニクロが大きく先行するが根本的な仕組みの壁に当たっており、再拡大してさらなる賃上げ原資を生み出すのはすぐには難しい半面、しまむらの客注型ECシステムは大きな設備投資を要せずマーケットプレイス化してECを拡大し、新たな顧客を店舗に導いて店舗売上も伸ばし、新たな賃上げ原資を稼ぐことが期待される。

 

店舗とECの顧客データをエリア統合するOMOマーケティングは、店舗在庫引き当てのOMOロジスティクスをベースにエリアの店舗と在庫を再配置するのがゴールだが、EC比率が20%を超えないと大きな効果は得られない。インディテックスやアバクロのような劇的な再配置効果を得るには、EC比率が2%に満たないしまむらには長い年月が必要だが、15%の攻防にある国内ユニクロは壁さえ越えれば手が届く。

 

しまむらの改革はスローで賃上げ原資の余力にも乏しく(一人当たり粗利益の10.59%増加に対して賃上げは13.69%)賃上げの加速は難しいから、しばらくは賃上げ原資にも余力を残す(一人当たり粗利益の40.43%増加に対して賃上げは28.01%)国内ユニクロがリードを広げることになりそうだが、しまむらの覚醒にも期待したい。この両者の賃上げ構図を参考に、アパレルチェーン各社は自社なりの賃上げ原資獲得を図るべきだろう。

 

※4.DC(Distribution Center)とTC(Transfer Center)とFC(Fulfillment Center)…入荷した商品を棚入れしてからピッキングして出荷する保管型のDCに対し、棚入れせず仕分けして送り出す通過型の物流施設がTCで、FCは通販の出荷用DC

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