小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『ギャップとジーンズカジュアルの「復活」は本物か』
(2025年03月26日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

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 アバクロに続いてギャップの復活も注目されているが、復活の勢いも手法も全く異なり、高収益で知られるバックルも頭打ちを脱せないでいる。収まらぬインフレ下でのトレーディングダウン(格下げ消費)で米国カジュアルチェーンには総じて追い風が吹いているがジーンズカジュアルの復活とは言えず、わが国ジーンズカジュアルチェーンの先行きも不透明なままだ。

 

ギャップの復活劇は始まったのか

 

 各四半期や業態、地域で跛行(はこう)が見られるもののギャップの25年1月期は全四半期の売上高も既存店売上高も前年実績を上回り(売上高の前年超えは8四半期連続)、売上高は150億8600万ドル(2兆3020億円注1)と前年を1.3%上回ったが、コロナ前20年1月期の163億8300万ドルには92.1%と届かなかった。「ザラ」を運営するインディテックスの25年1月期売上高が20年1月期を36.6%、「ユニクロ」のファーストリテイリングの24年8月期売上高が19年8月期を35.5%、アバクロの25年1月期売上高が20年1月期を36.6%上回ったのと比べれば勢いを欠き、「復活」と言うより「浮上」と言うのが実態ではないか。

 粗利益率(注2)は47.2%と前期から2.9ポイント上向いてもコロナ前20年1月期の48.7ポイントには1.5ポイント届かなかったが、販管費率が39.8%と前期から0.8ポイント低下し(コロナ前の37%台には遠いが)、営業利益率は7.4%と19年1月期の8.2%に迫った。営業利益額も11億1200万ドルと前期から倍増したが19年1月期の13億6200万ドルには8掛け強と届かず、収益面でも「回復」の域を出ていない。

 在庫回転も3.92回と前期から0.14ポイント上向いて3期連続で改善し20年1月期の水準を回復したが、19年1月期までの4.34〜5.00%には遠く、これも「回復」の域を出ていない。CCC(Cash Conversion Cycle)は33.9日と前期(33.8日)から横ばいだったが20年1月期の49.7日からは2週以上(15.8日)短縮されており、純資産に対する運転資金率も42.8%と前期から10.3ポイント、20年1月期の67.3%からは24.5ポイントも改善されたから、商品財務は「回復」以上と評価される。

 期末店舗数は3569店と前期末から9店増えたが、FC店は1063店(全店舗の29.8%)と65店増えても直営店は2506店と56店減少している。コロナ前20年1月期末と比べると直営店が839店減少した一方でFC店は489店も増えているから、前経営陣から続くFC店シフトが継続されている。

期末総店舗面積も3010万sqf(平方フィート)と前期末から1.6%(50万sqf)、20年1月期末からは18.6%(690万sqf)も減少しているが、コロナ下から前期末までの4期間で17.3%(640万sqf)も減少しており、販売不振による不採算店舗の撤退であって、23年下期から交代した新経営陣の政策ではない。当期は168店を閉めて177店を出店したが、前期末までの4期間に1149店(平均287店)を閉めて895店(平均224店)を出店しており、店舗網の再配置が加速しているわけでもない。

 

コロナ下の21年1月期に45.5%に跳ね上がったオンライン売上比率はコロナ明けの店舗回帰で38%台に低下して当期は38.1%に落ち着いたが、アバクロの50%には届かなくても絶対水準は十分に高い。アバクロのようなデジタルマーケティング(店舗とオンライン購入者、金額の地理的分布検証)によるOMO対応の店舗網再配置も可能だが、スクラップ&ビルドのペースが上がっておらず、平米当たりの販売効率も5393ドル(坪当たりだと272万円)と前期から3.0%、20年1月期からも13.2%しか上向いていない。アバクロのように同期間に7割以上も跳ね上がったわけではないから、ギャップの新経営陣はデジタルマーケティングによる店舗網の再配置にはまだ取り掛かっていないと思われる。

「ギャップ(GAP)」も「オールドネイビー(OLD NAVY)」も元よりインクルーシブ(「exclusive」【排他的】の反対語で、包括的、開放的という意味)なブランドであり、今春の商品や価格を見てもMD編成を見てもマーケットポジションに変更はなくアスレジャー対応も欠くから(「アスリータ」が最も不調)、業績の回復はインフレ下でのトレーディングダウンによる追い風が大半で、マーチャンダイジングや在庫運用のテクニカルな成果も知れている。ギャップの復活劇はまだ始まっておらず、外部環境要因による「回復」に過ぎないのが実態だ。

逆にいえば、これから画期的なアスレジャー対応やデジタルマーケティングによる店舗網の再配置に動けば本格的な「復活」へ加速することも有り得るわけで、全ては23年8月22日付でギャップ社のCEOに就任した元マテル社COOのリチャード・ディクソン氏率いる経営陣の才覚にかかっている。

(注1)ドル円為替レートは決算期間中の月平均152.6円で換算。

(注2)米国アパレルチェーンの売上原価には賃料が含まれることが多く、ギャップ社の25年1月期決算でも売上対比5.91%の賃料が含まれるため、その分、開示される粗利益率が低くなる。本稿では賃料分を粗利益に加えて「粗利益率」を算出している。それは後述するバックル社も同様だ

 

 

高収益で知られるバックルの業績も頭打ち

 

 

 カントリージーニングの全米チェーンたるバックルは収益力が突出しているが、23年1月期をピークに売上高が減少し、25年1月期は2期連続の減収、3期連続の減益となった。

 25年1月期の売上高は12億1770万ドル(1858億円)と前期から3.4%、前々期からは9.4%減少したが、コロナリベンジの22年1月期の伸びが大きく(43.7%増)、コロナ前20年1月期からは35.3%高い。営業利益は2億4140万ドルと前期から11.0%、22年1月期からは28.1%減少したが、それでも売上対比は19.8%とインディテックス(19.6%)もファーストリテイリング(16.1%)も復活著しいアバクロ(15.0%)も上回る。ピークだった22年1月期の営業利益率は25.9%とラグジュアリー級だった。

 粗利益率は概算で58.1%(賃料は10kファィルの開示まで不明)と前期から0.8ポイント、22年1月期からは1.7ポイント低下し、販管費率は38.3%と前期から0.9ポイント、22年1月期からは4.4ポイント上昇したから、この間に営業利益率は6.1ポイントも低下した。在庫回転は4.13回と前期から変わらなかったが、前々期の4.80回、22年1月期の5.13回からは大きく減速している。とはいえCCCは55.7日と前期から3.4日短縮され、純資産に対する運転資金率は前期から5.7ポイント改善されて43.7%と健全な水準を保っている。

 期末店舗数は441店と前期末から3店減り、コロナ前20年1月期からは7店、ピークだった16年1月期の468店からは27店減った。24年1月期までの4期間に17店を出店して21店を閉めたが年間にすれば数店舗であり、個別店舗の採算性による通常の入れ替えの域を出ない。EC比率も当期で16.2%(前期は16.4%、コロナ下のピークでも21.1%だった)とギャップの半分にも届かず、アバクロのようなデジタルマーケテイングによる店舗網の再配置は難しい。

一店平均売上高のピークは13年1月期の255.5万ドル(3億8990万円)だが、以降は低下してコロナ禍の21年1月期は159.8万ドルまで落ち込んだ。リベンジ消費の22年1月期は243.0万ドル、23年1月期は251.5万ドルまで回復したが、24年1月期は236.9万ドル、25年1月期も230.5万ドル(3億5170万円)と再び落ち込んでいる。平均店舗面積は499.4平方メートルと20年1月期の479.5平方メートルから4.2%拡大しているが、平米当たりの販売効率は23年1月期の5111ドル(坪当たりでは257万円)から4605.3ドル(坪当たりでは232万円)と9掛けに落ち込んだ。

アスレジャーが席巻してジーニングも軽快なメトロスタイルが主流となってカントリージーニングが勢いを失う中、メトロエリアのRSC(広域型ショッピンセンター)から撤退してカントリーエリアのタウンセンターやロードサイドに店舗を移して行った政策は収益力を支えたが、メジャーマーケットの放棄は否めず成長力を損なった。

元から強かったカントリーマーケットへの店舗網集約でライトオンのような歯止めのない落ち込みを回避し、しまむら的なJB(ジョイントPB)によるジーンズの「縦売り」と仕入れトップスの「横売り」の絶妙なバランス、本部による調達の集中とエリアへの在庫運用の分権で値引きロスを抑制して粗利益を確保し、売上が落ち込む中も利益の落ち込みを最小限に抑えている。実際、バックルの粗利益率は前期で58.9%、当期で概算58.1%と、ギャップの47.2%を一回りも上回る。1ケタ違う売上規模と調達ロット、元祖SPAと仕入れが半分を占めるセレクトAPAという違いを考慮すれば、バックルの値引きロスはしまむら並みに抑制できていると推察される。

ちなみに、バックルのJBジーンズの価格設定はギャップとほぼ同水準だが(セレクトブランドは一回り高い)、実際の売値はプロパー販売比率が高いバックルと値引き販売が常態化したギャップでは一回り開いてしまう。

バックルはカントリージーニングというローカルマーケットでの生き残りを賭けて調達や在庫運用、組織分権のリテイルスキルを駆使しているが、マーケットは成長性を欠き、アナログなリテイルスキルの限界も指摘される。その壁を越えるにはカントリージーニングという枠を超えるインクルーシブなコンセプト、あるいはカジュアル衣料の枠を超えるライフスタイルコンセプトに変貌する必要があるのではないか。

 

「ジーニング」からライフスタイルアイテムとしての「ジーンズ」へ

 

 ギャップもバックルも前者はメトロジーニング、後者はカントリージーニングという違いはあるものの、ジーンズを基軸としたカジュアルチェーンであることには変わりない。リーマンショックを契機にセレブデニムのブームが終わり、アスレジャーの奔流に圧されて縮小していったジーンズマーケットは再拡大に転じているのだろうか。米国のジーンズマーケットを代表するのはギャップとリーバイス、さらに言えばVFコープからスピンアウトしたコントアブランズ(「ラングラー」「リー」)だが、これらの業績はどうなっているのか。

 リーバイスの24年11月期売上高は63億5530万ドル(9700億円)と19年11月期から10.3%増加したが、米国内売上高に限れば32億0060万ドルと4.7%しか伸びていない。コントアブランズの24年12月期売上も26億0760万ドル(3980億円)と19年12月期から2.3%しか伸びていない。前述したようにギャップの売上高はこの間に7.9%減少しているが、米国内売上高も0.8%、「ギャップ」業態に限れば7.0%減少している。この間の米国のインフレ(22.75%)を考慮すれば大同小異でいずれも減少は否めないが、その一方でバックルは35.3%、アバクロは36.6%とインフレ以上に伸びている。

 米国では23年の第4四半期(23年11月〜24年1月)以降、インフレの加速でとりわけ食品が値上がりし、衣料品はトレーディングダウン(格下げ消費)が強まって高級ブランドと百貨店が失速して手頃なカジュアルチェーンに追い風が吹いているが、ジーンズカジュアルに追い風が吹いているわけではない。手頃なジーンズやデニムアイテムは多くのカジュアルチェーンやブランドが手掛けてライフスタイルアイテムとして定着しており、23年も24年も新しい加工やシルエットのトレンドが盛り上がって加工場は繁忙していたから、ライフスタイルアイテムとしてのデニム人気は不動だが、ワークウエアとしての「ジーニング」は脇役となった感がある。

 かつて米国のカジュアルチェーンは「ジーニング」「ワーク&チノ」「スエット」の3つのウエアリングでMDを構成していたが、アスレジャーの奔流で「スエット」が合繊素材を取り入れて拡大、「ワーク&チノ」が機能合繊素材を取り入れて「アウトドア」と「アクティブ・ビジカジ」に二極化し、「ジーニング」というウエアリングが消滅して「ジーンズ」という汎用アイテムに変質した。伝統的なカントリースタイルではワークウエアとしての「ジーニング」も残るが、アップデイトなメトロスタイルでは「ジーンズ」は幅広いスタイリングに組み込んでライフスタイルを演出する汎用パーツであって「ジーニング」というウエアリングはもはや存在しない。

それを理解して「ジーンズ」をアスレジャーな「スエット」や「アウトドア」、果ては「アクティブ・ビジカジ」にまで組み込める汎用ライフスタイルパーツとして商品化できるか、汗と埃に塗れたビンテージなワークアイテムとしてこだわるか、で明暗が分かれるのではないか。伝統的なジーンズブランドはマーケットが限定され、ライフスタイル化しないとメジャーなブランドにはなれない。それはジーンズカジュアルチェーンも同様だ。

素材や色展開を切り替えて季節を跨いで継続される「縦売り」アイテムのラインナップに軽量でイージーケアな機能合繊素材のスウェットアイテムやアウトドアアイテム、果てはアクティブ・ビジカジのセットアップがそろい、ジーンズがそれらと着回せる汎用ライフスタイルアイテムとして開発されるか否かがカジュアルチェーンの成長性を分ける。

現段階では米国の「ギャップ」も「バックル」も、「ライトオン」など国内のジーンズカジュアルチェーンもそうなってはいない。「汎用パーツとしてのジーンズを軸としたライフスタイルブランド」に変貌しない限り、「ユニクロ」や「ジーユー」など汎用ライフウエアのカジュアルSPAにマーケットを奪われて衰退していくしかない。ジーンズカジュアルチェーンの復活にはインクルーシブなリポジショニングが必定ではないか。

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