小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『AIに在庫運用を任せる前にアパレルに問われる「根源的決断」』
(2025年03月10日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 AIの進化は加速度的でアパレル業界では在庫運用まで任せてしまう段階に来ているが、その前に根源的な要件を決断する必要がある。在庫運用システムはアルゴリズム設定型からAIによるアルゴリズム学習型へと進化しているが、根源的要件を見極めないまま導入しては期待する成果が得られないからだ。

 

在庫運用のプロセスとロジスティクスを見極める

 

 1月21日掲載の「アパレルの在庫問題を解決する『ロジスティクス革新』」(リンク貼る https://www.wwdjapan.com/articles/2010272)で詳説したように、アパレルチェーンのロジスティクスは(1)初期配分、(2)DC※1.からの自動補充、(3)ローカル※2.テザリング(在庫融通の店間移動)、(4)売り切り店舗への集約と売価変更――以上の4段階で売り切っていくのが定石だが、事業体制によってプロセスは異なる。

 「ファッションセンターしまむら(以下、しまむら)」のような「横売り」※3.型ではTCからの蒔き切りで(2)DCからの自動補充はなく、TCを軸としたルート便による(3)ローカルテザリングで欠品を回避して消化を進める。「縦売り」型のような奥行きのある配分はせず(外衣は高効率店や定番パッケージ商品を除きSKUあたり1〜2点)店内後方にも補充在庫は持たないから、(3)ローカルテザリングも客注移動的な1点単位で、同一店内での集約編集が基本となっており、(4)売り切り店舗への集約も例外的と思われる。

 「ユニクロ」のような「縦売り」型では「欠品防止」が至上だから、奥行きの深い売場在庫(SKUあたり6〜12点)と補充用の店内後方ストックに加え、消費地DCにも店舗在庫の1.5倍ほどを積んでいる。BS(バランスシート)に計上される在庫はそこまでだが、計画生産して消費地倉庫への出荷を待つ在庫が生産地倉庫に積まれており、シーズン直前からシーズンピークにかけて消費地倉庫に移送されていく。(1)初期配分、(2)DCからの自動補充、(4)売り切り店舗への集約と売価変更が基本で、DCに十分な補給在庫を積んでいるから(3)ローカルテザリングは例外的運用と推察する。

 単価の高いブランドビジネスはもちろん、アパレルチェーンでも店舗数が少なく全国にドミナントを形成していない場合は中央のDCから補給する「セントラルロジスティクス」が選択されるが、物流のリードタイムが長く物流費もかさむから、在庫運用の機動性には限界がある。中〜低価格で全国にドミナントを形成しているアパレルチェーンでは、各リージョナルにTCやDCを配して配分・補給・テザリングを行う「リージョナルロジスティクス」が選択されるが、こちらの方が物流のリードタイムが短く物流費も格段に抑制できるから機動的な在庫運用が可能になる。

 かつては高価格な百貨店ブランドでも支店軸で機動的に在庫を振り回すローカルテザリングが行われていたが、地方百貨店の凋落とともに支店が廃止されていき、ECの拡大もあって今日では大手アパレルでも「セントラルロジスティクス」に集約されている。その一方、従来は「しまむら」やコンビニなど全国に千店前後から数千店、数万店を展開するチェーンに限られていた「リージョナルロジスティクス」も、物流費の高騰やOMO※4.の拡充で数百店展開のチェーンでも遠隔地商圏にDCやTCを配して部分的に取り入れるケースが出てきている。

 ちなみにスーパーマーケットチェーンでは賞味期限の短い生鮮食品や日配品、惣菜などは「ローカルロジスティクス」(地産地消)、グロサリーやドラッグも問屋を介した「リージョナルロジスティクス」が大半で、「セントラルロジスティクス」は衣料品などに限られる。「鮮度」を重視するならPC(プロセスセンター)軸で蒔き切る「ローカルロジスティクス」、欠品を嫌って「補充」を重視するならDC軸で即日補給する「リージョナルロジスティクス」、と言うのがスーパーマーケット業界の定石と思われるが、アパレル業界は何を重視してロジスティクス方式を選択しているのだろうか。「鮮度」を重視しているとは到底思えない。

 ローカル、リージョナル内の物流は距離が短く載せ替えもないから全国区物流(「セントラルロジスティクス」)の半値ほどに抑制可能で、出荷当日中に着荷するからリードタイムも短く(全国区物流ではオーバーナイトが必定)、店間移動の多いチェーンや欠品が多発するチェーンでは改善効果が大きい。リージョナルのTCやDCを軸にルート便を回す場合は配送費を配慮した補給頻度の制約もなくなり、リードタイムも短いから在庫運用システムの「タイムラグ誤差」(計算上の在庫と輸送中の未着品の差異)も圧縮される。

 こうして見ると、在庫運用システムを導入するに当たっては、その比率も含めて「縦売り」か「横売り」か、OMOの在庫引き当てを含めて「セントラルロジスティクス」か「リージョナルロジスティクス」か、という見極めが起点となることが分かる。それとて所詮はテクニカルな選択であり、それ以前に事業の根源的な立ち位置たる「需給マーケティングの基本政策」を定めないと上記の選択も見えてこない。

 

※1.TCとDCとFCとPC…TC(トランスファーセンター)は入荷商品を棚入れすることなく自動ソーターで高速仕分けして出荷する通過方式の物流センター、DC(ディストリビューションセンター)は入荷商品を棚入れ保管してからピッキングして出荷する貯蔵方式の物流センター、FC(フルフィルメントセンター)はECなど通販のDC型出荷センター、PC(プロセスセンター)は生鮮食品を仕分けてパッキングしたり調理加工して出荷する加工型の物流センター

 

※2.ローカル…ロジスティクスで言う「リージョナル」は各方面の「ローカル」をルート便が当日中(原則8時間内)に巡回して戻れる範囲であり、東京圏は東西2リージョナルに分けて千葉、茨城、埼玉、都下西部、神奈川、城西、城東などのローカルから構成される

 

※3.縦売りと横売り…同一品を備蓄補給して継続販売するのが「縦売り」、バラエティーをそろえて少量を売り切っていくのが「横売り」

 

※4.OMO(Online Merges with Offline)…ネットと店舗の垣根を超えた連携を意味し、ショールーミング(店舗からネット)による情報取得で店舗やネットの購入を促進したり、ウェブルーミング(ネットから店舗)による店取り置きや店渡し(BOPIS)、店出荷で顧客利便と在庫効率を高め物流コストを抑制するリテール戦略

 

「需給マーケティングの基本政策」を問う

 

 在庫運用は「需給マーケティングの基本政策」を起点に前述した4つのプロセス(事業体制によっては(2)か(3)がない)で行われるが、起点の政策が異なればすべてのプロセスの前提が異なり、在庫運用のロジックもアルゴリズムもロジステイクスも別物になる。「需給マーケティングの基本政策」とは需要と供給をどうバランスするかの基本理念であり、テクニカルな在庫運用以前の「商売の基本スタンス」と言うべきもので、いくつかの対立軸から発想できる。

 

(A)需要創造(プロダクトアウト)か需要対応(マーケットイン)か

 

 クリエイテイブなブランドビジネスでは「需要創造」が前提であり、期待需要に対する過小供給に徹する限り「需要対応」は結果的なもので、蒸発消化するアイテムもあれば大半が売れ残るアイテムもあるギャンブルは否めない。今日では自社ECとSNSを軸に直営店で補足するD2Cが基本だから「セントラルロジスティクス」になるが、需要予測のアルゴリズムは見極めが困難だから「初期配分」への依存率は高め難く、在庫は「後方集中配備」して事後対応するか煩雑に店間移動するしかない。

 それでも売り上げは偏って好調品番は早々に欠品し不調品番は滞貨するから、客注的な店間移動が頻発する一方で不調品番の値下げ処分(ECがアウトレット化)が必要になる。「アルゴリズム設定型」も「アルゴリズムAI学習型」も機能しないから、エクセルワークと属人的な運用判断に頼らざるを得ない。

 「需要対応」に徹するなら短納期調達の類似商品で売れ筋要件をリレーする「横売り」に徹すればよいが、原則、無補給で売り切るゆえ同一商品については欠品を放置するわけで、「顧客カバー率」に限界がある。「横売り」型は客数の限られる小商圏立地でも多様な顧客をカバーして一定の販売効率が得られる半面、客数の多い大商圏立地では「縦売り」による販売の伸びが得られず、同一商品の継続補給で「顧客カバー率」を高める「縦売り」型の方が販売効率が高くなる。

 消化回転を優先する「横売り」はひと蒔き無補給ゆえ補給在庫(=DC)が存在せず、初期配分の精度とローカルテザリングの機動性が問われるからTCを軸とした「リージョナルロジステイクス」が必定だが、それには高密度な店舗布陣によるドミナントの形成が前提になる。売り切り前提の薄い初期投入では、「リージョナルロジステイクス」によるテザリングを欠いては欠品が頻発して販売効率が低位にとどまり、H&Mのように本来は「横売り」のファストファッションなのに「セントラルロジスティクス」でDCに補給在庫を積めば、消化回転は「縦売り」と大差ないほど低くなってしまう。

 類似品番で売れ筋要件をリレーする「横売り」では品番消化のアルゴリズムが掴めず「予測」は難しいが、薄い蒔き切りの配分在庫をローカル、リージョナル内で自動的に欠品補填移動(テザリング)すれば、一時的(ルート便体制なら最大2営業日以内)に欠品状態とはなるが消化は進む。売れ筋要件のリレーを「属性管理」すれば「予測」の精度も高められるが、「アルゴリズムAI学習型」なら可能だろうか。

 

(B)「消化率」を優先するか「需要充足率」を優先するか

 

 在庫運用の目的を「消化率」至上(売り切る)とするか、「需要充足率」至上(欠品させない)とするかで、アルゴリズムもロジステイクスも大きく異なる。どちらが好ましいかは事業の存在意義を問う戦略的なスタンスによる。

 「消化率」至上は消化回転の速さだったり歩留まり率(「仕入れ売価」総額に対する「実現売り上げ」総額の比率)だったり捉え方はさまざまだが、在庫を残さないで売り切ることが優先されるから、欠品(売り逃し)が常態化して「需要充足率」は必然的に低くなる。値引きロスも売れ残りも少なく在庫回転も歩留まり率も高いから良好な業績に見えるが、欠品の頻発で「顧客満足度」が損なわれて中長期的な顧客化(いわゆるLTV※5.)が進まず、消費の風向きや競争環境が一変すれば顧客が離れて業績が暗転しかねない。

 「需要充足率」至上とするなら色やサイズの展開を広げて幅広い顧客を捉えるべきで、欠品させないためには補給在庫を多段階に積む「多段ダム型ロジスティクス」も程度の差こそあれ必要となる。幅広い顧客を捉えて欠品なく供給するのが至上命題だから多少の値引きロスや売れ残り、在庫回転の遅さは覚悟して、店頭の陳列フェイスにも後方ストックにも消費地DCにも生産地出荷倉庫にも在庫を積んで、販売消化の負圧で在庫を前進させていく。在庫効率より「需要充足率」を優先するから在庫回転も歩留まり率も低くなりがちだが、一度、顧客を囲い込んで仕舞えば「色・サイズをそろえて欠品させない非効率な在庫運用」がライバルを突き放す独占障壁になる。

 定番的な商品の「縦売り」だから、年々データを重ねていけばアルゴリズムの精度が高まり、地域の動向や天候、購買関連などAI学習も加われば一段と精度が高まる。在庫運用システムの成果が最大に発揮される戦略スタンスと言えよう。

 

(C)需要に先んじて調達するか需要が確定してから調達するか

 

 手間をかけオリジナルのスペック(生産仕様)を詰めて完成度を高め計画生産すれば、販売までのリードタイムが長くなって時差による需給ギャップも大きくなるから、いかに需要予測の精度を高めても消化歩留まりには限界がある。販売までのリードタイムを短縮しようとすればスペックが間に合わせ(転用や借り物)になりがちで生産コストも高くなるが、時差が小さい分、需給ギャップも小さく抑えられる。いわゆるスローファッションとファストファッションの違いだが、スローファッションの代表が“FAST”RETAILINGというのは面白いアナロニーだ。

 リードタイムの短縮を追求すれば、究極は需要(注文)が確定してから調達(生産)する「タイムマシン・マジック」に到達するから、「需要予測」も「在庫運用」も不要になる。それらに掛かる少なからぬ費用と手間を考えれば究極の“GOAL”と言うべきだろう。

 SNSで支援して自社EC中心に販売するD2Cアパレルなどでは「予約販売」は珍しくないし、マクアケなんて応援受注販売型クラウドファンディングサイトもある。中韓越境ECのセレクトサイトでは「受注してから仕入れるので出荷が遅れます」と断りを入れる商品も目に付くから、越境ECでは一般化した販売手法のようだ。

 中国や韓国などアジアのアパレル産地からDX仕掛け短納期生産の産直越境ECを仕掛ければ、実品サンプルや3Dバーチャルサンプルを先行掲載してSAL(エコノミー)便の配送期間で受注しEMS(スピード)便で配送することで1週間ほどのタイム・スリップが可能で、受注生産による事実上の無在庫販売が成立する。そんなタイムマシン・マジックはともかく、受注生産による無在庫販売は学生服やユニホーム、パターンオーダーでも成り立っているから、意外と応用範囲は広い。

 初めから「在庫は持たない受注生産」と割り切ってビジネモスモデルを設計すれば、在庫の苦労が無い商売に徹することができる。当然ながら在庫運用の必要もなく、在庫運用システムも出番がない。

 

※5.LTV…Life Time Value(顧客生涯価値)の略で、新規顧客開拓と比較して既存顧客の長期定着メリットを言う

 

 

在庫を売り切る責任を誰かに担わせるFCシステム

 

 アパレル商売では在庫は売れれば利益を生む金の鶏だが、売れ残れば利益を食い潰す負債でしかない。自らは「売れた」利益だけ受け取って、在庫を抱えて「売り切る」リスクは誰かに転嫁するのが理想だが、そんな美味い商売なんて成り立つのだろうか。それが立派に成り立つのが「買取型FCビジネス」だ。

 商品に魅力があってブランドの知名度が相応に高ければ、意外と安直に成り立ってしまうのが「買取型FCビジネス」で、身近なところでは「セブン-イレブン」や「ファミリーマート」などのコンビニの大半はFC店だし、「ワークマン」もよく出来た買取型(在庫資金は本部が貸与してくれる)の運営委託型(店舗投資も本部負担だから不要)FCシステムだ。

 欧州のアパレル業界ではFCは在庫買取がデフォルトで、往時のベネトンは半年以上前の展示会でワンシーズン分の在庫を発注させて買い取らせていたし、未だ多数のFC店を並行する「ザラ」のインディテックスは直営店と同様の毎週のオンライン発注で買い取らせている。わが国でも1984年まではワールドやイトキンなどが欧州型の買取型FCで大成功していたし(84年のアパレル不況を契機に部分委託型に崩れた)、人気のDCブランドはバブルが崩壊するまで買取型を維持していた。

 今日のアパレルFCでは買取型は例外なようで、実質委託型かブランド側が在庫を管理・運用する消化仕入れ型(実質は店舗投資を負担する「販売代行」)が主流だが、人気(需要)に供給が追いつかない人気ブランドなら古典的な買取型も一時的には成り立つだろう。

 商品開発体制とSNSを軸としたブランディングに「OMOテリトリー制度」を加えれば、ローカルの「資本家」は買取型でも魅力を認めて加盟するのではないか。FCには運営役務を提供する「個人」加盟者と相応の資本を投じてテリトリーの事業を担う「法人」加盟者があり、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(「TSUTAYA」)や神戸物産(「業務スーパー」)は資本と運営組織を持つ事業法人を対象とするFCビジネスだ。

 「OMOテリトリー制度」とはローカルのテリトリーを定め、テリトリー内の店舗売上はもちろんEC売り上げもFC加盟者に帰属させるもので(FC在庫のみならず本部在庫の引き当ても含むが当然に手数料なりロイヤルティは差し引かれる)、地域顧客のOMOな LTV管理と店舗在庫のEC受注引き当て、店渡しや店出荷の仕組みを確立する必要がある。メガフランチャイジーなら、リージヨナル単位のテリトリー内でテザリングするルート便体制がロジスティクスを担うことになる。

 FCシステムが円滑に回るようOMO対応のロジスティクスや在庫管理システムは必要だが(在庫運用の発動は客注欠品の本部在庫供給を除き原則、テリトリー内に限定される)、自らは「売れた」ロイヤルテイを受け取って、在庫を抱えて「売り切る」リスクはFC加盟者に担わせても、嬉々として引き受けてもらえるのではないか。

 

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