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『アバクロ復活、ユニクロを世界服に導いた「インクルーシブマーケティング」とは』
(2025年03月17日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 アパレルのマーケティングは永らく「エクスクルーシブ」(排他的、差別的、独占的)が主流だったが、コロナ後の世界的なインフレや混乱の中で真逆の「インクルーシブ」(包括的、誰もを等しく受け入れる)マーケティングが注目され、ブランドのメジャー化や再生のキーワードとなっている。アパレル事業者は発想の転換が必要ではないか。

 

■地に落ちた「アバクロ」がV字復活

 米国のアパレル業界では「アバクロ」(「Abercrombie&Fitch」以下「アバクロ」と略す)の劇的なV字復活が注目を集めている。

 2000年前後に過激なセクシーWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)コンセプトで一世を風靡したものの、リーマンショック以降の低価格志向や等身大志向というマーケットの変質に押されて2008年1月期をピークに業績が落ち込み、不採算店舗の整理とオンライン販売や海外展開、手頃価格の「ホリスター」に注力するなどして10年1月期を底に一旦は回復に転じたが、「差別的・性的なマーケティング」が社会的な批判を浴びて再び業績が暗転した。

クラシックなアウトドアブランドだった「アバクロ」を過激なセクシーWASPコンセプトで一躍、若者の人気ブランドに押し上げたマイケル・ジェフリーズ氏が14年12月に業績悪化の責任を取ってCEOを退任したがイメージの悪化は止まらず、15年には「全米で最も嫌われる小売りブランド」に認定されるに至り、年々売り上げが減少して17年1月期には営業赤字寸前に陥った。

一時は身売り話も出てCEOが2年間も不在になるほど経営が混乱したが、高級百貨店やアパレルチェーンでキャリアを積んだフラン・ホロヴィッツ氏が17年の新決算期からCEOに就任し、ようやく本格的な再建に取り掛かった。同氏が再建の突破口としたのが従来のイメージを一新する「インクルーシブ戦略」で、5つのテクニカルな革新と相まって業績のV字復活に繋がった。

早くも就任2期目の19年1月期には回復に転じたが、コロナ禍で再び業績が暗転して21年1月期は営業赤字に転落。翌22年1月期は売上高が18.8%上昇して営業利益率9.2%と急回復したが、23年1月期は米国は回復してもコロナを引きずったアジアパシフィックが落ち込み、「アバクロ」は伸びても「ホリスター」が落ち込んで足踏んだ。24年1月期はアジアパシフィックも急回復して「アバクロ」が23%、「ホリスター」も4%伸び、売上高が42億8100万ドルと15.8%伸びて営業利益率11.3%とようやく本格回復。株価も1年間で5倍以上に上昇し、アパレル業界を超えてV字復活が注目されるに至った。

3月5日に開示された25年1月期決算も売上高が前期比15.6%増の49億4900万ドル、粗利益率が+1.3ポイントの64.2%、営業利益が52.9%増の7億4100万ドル、営業利益率が+3.7ポイントの15.0%と1月13日の上方修正を上回る着地で、売上高はピークだった13年1月期(45億1000万ドル)を超えて過去最高を更新し、営業利益もピークだった08年1月期(7億3900万ドル)を僅かながら上回った。四半期推移を追えば「アバクロ」の既存店伸び率は鈍化しているが「ホリスター」は加速しており、26年1月期も好調を継続すると見られる。

 

■「インクルーシブ戦略」と5つのテクニカルな革新

 フラン・ホロヴィッツ氏の打ち出した「インクルーシブ戦略」は人種も宗教も体格もハンサムか否かも問わず、かつて若者だったミレニアル世代(30歳前後〜40歳前後)まで取り込もうという開放的なターゲティングで、白人プロテスタントのセクシーな若者を理想とする過激なWASPコンセプトで他の人々を差別したマイケル・ジェフリーズ氏の「アバクロ」から一変した。

価格帯もNB(ナショナルブランド)に近付いた往時のアパーモデレートプライスから「ギャップ」と大差ない手頃なモデレートプライスとし、フィットも往時のセクシーなボディコンからアスレジャーを取り入れて着崩しやすくイージーにし、幅広い顧客に門戸を開いた。ナイトクラブのようだった暗い店舗環境も明るく健康的に変え、販売員も強面半裸の白人マッチョから人種も多様でフレンドリーなお兄さんやお姉さんに変わった。

それだけでも顧客の間口が広がって客数が増えるが、その勢いを継続させて復活を確かなものにしたのが以下の5つのテクニカルな革新だ。

(1)DXによるデータコンシャスな企業運営

(2)DXによるファストな商品開発と検証(適正な調達と在庫運用)

(3)デジタルマーケティングによるOMO※と顧客エクスペリエンス

(4)デジタルマーケティングによるパーソナルな顧客エンゲージメント

(5)デジタルマーケティングによる店舗網の再編・拡張とグローバルな成長戦略

これらは「DXとデジタルマーケティング」と総括される、今時のアパレルチェーン改革の定石と言うべきものだが、OMO視点でローカル商圏単位にきめ細かくデジタルマーケティングして店舗を再配置したことが飛躍的な成果に繋がったと思われる。24年1月期でデジタル売上(EC)は全社売上の50%(「アバクロ」は60%、「ホリスター」は30%)に達していたから地域顧客のOMOアクションは極めて重要で、店受け取りや店出荷に対応する店舗の再配置は必定だった。国内で成果を上げたその手法を今後は海外店舗にも適用していくとしているから、米国内の伸びが一巡しても海外の伸びが成長を補うと期待される。

売上高が急回復したと言っても店舗数を増やしたわけではなく、20年1月期から24年1月期にかけて286店舗を閉鎖して188店舗を新規に出店、44店舗を改装して861店舗から765店舗と96店も減少している。その結果、24年1月期の月坪売上高は2526ドルと20年1月期から51.3%も上昇し、かつてのピークだった07年1月期の1480ドルを70.7%も上回った。平均店舗売上高も560.7万ドル(平均184.9坪)と20年1月期を32.7%上回り、07年1月期の354.5万ドル(平均199.6坪)を58.2%も凌駕しているから、デジタルマーケティングによる店舗の再配置は「インクルーシブ戦略」と相まって劇的な効果をもたらした。25年1月期は789店舗と若干の増店となったが、平均店舗売上高は636.9万ドルと前期から13.6%上昇しているから勢いは衰えていない。

※OMO(Online Merges with Offline)・・・ネットと店舗の垣根を超えた連携を意味し、ショールーミング(店舗からネット)による情報取得で店舗やネットの購入を促進したり、ウェブルーミング(ネットから店舗)による店取り置きや店渡し(BOPIS)、店出荷で顧客利便と在庫効率を高め物流コストを抑制するリテール戦略。

※OMOローカルマーケティング・・・地域ごとに店舗利用とオンライン利用の顧客分布・交錯を掴んで、最適な店舗配置と在庫配置、物流手法と顧客アプローチを仕組む。

 

■「あらゆる人のライフウエア」でグローバルブランドとなった「ユニクロ」

 「アバクロ」は極端なエクスクルーシブからインクルーシブに転換して客数が飛躍的に拡大し業績がV字復活した事例だが、フリースブームの終焉で01年8月期から03年8月期へ国内売上(海外出店は02年9月期から)が28%も急落して今日のグローバルブランドに変貌する契機となった「ユニクロ」のケースも、インクルーシブ転換という意味では共通しているのではないか。

 原宿に出店してフリースブームが爆発する98年秋冬直前まで、当時、頂点にあった「アバクロ」を意識してWASPなアメカジに流れたり「スポクロ」「ファミクロ」を開発して1年で撤退したりとマーケティングが破行していたが、フリースブーム終焉による危機的状況で覚醒。メンズベースのユニセックスなアメカジMDからウィメンズ/メンズと分けたベーシックカジュアルMDに転換し、元イッセイミヤケ社長の多田裕氏を室長に招いてデザインチームを立ち上げ、オリジナルスペックの開発で小売業の枠を超えたSPAへと変貌していった※。

 スペック開発機能を持たない外部依存の小売マーチャンダイザーSPA(ワークマンはそこから出られないでいる)から、自社のデザインチームでスペックを開発して工場ダイレクトに調達する開発型SPAへとルビコンを渡ったことも転換点となったが、メンズベースのユニセックスなアメカジMDを脱し、ウィメンズ/メンズの体型や求められる機能を起点にテイストやトレンドに流されない「万人向けのベーシックカジュアル」を見出した「インクルーシブ戦略」も、その後の「国民的カジュアル」、さらに「ライフウエアのグローバルブランド」へと化け上がっていく転機となったのではないか。

 「万人向けのベーシックカジュアル」は開発体制の深耕にアスレジャー革命などが相乗して機能性汎用パーツの「ライフウエア」へと進化し、世界の一流クリエイターとのコラボを重ねてウエアリングも洗練され、テイストの際もライフスタイルの際も超えて浸透する「ライフウエアのグローバルブランド」へと成熟していったが、これらは須く「インクルーシブ戦略」だった。

 「ユニクロ」の覚醒と変貌は、「エクスクルーシブ戦略」一辺倒だった我が国アパレル業界を根底から揺さぶって淘汰する「インクルーシブ革命」をもたらした。「ユニクロ」が拡大する一方で凋落していった多くのアパレル事業者は「アメカジ」や「ワーク」、あるいは「モード」や「クリエイション」にこだわって顧客を差別し切り捨てた「エクスクルーシブ自爆」だったのではないか。

※売上急落の危機からの覚醒は杉本貴司の「ユニクロ」(日本経済新聞社)、覚醒からの施策と変貌は私の「ユニクロ症候群」(東洋経済新報社)に詳しい。

 

■「ユニクロ」が仕掛けたインクルーシブの地雷

 「ユニクロ」が万人向けの汎用「ライフウエア」へとインクルーシブに進化していく過程で、もうひとつのインクルーシブな施策が徹底されていった。今や圧倒的な参入障壁を形成するに至った、非効率なほどに多SKUを展開するMDがそれだ。

かつての「ユニクロ」は洗練を欠くアメカジ的なカラー展開のイメージがあったが、今日の「ユニクロ」はシーズンにもよるがアウターやボトムは2〜5色、ニットやスエットも大半は2〜6色のベーシックカラーに集約されており、柄物や素材によっては1色企画もある。カラー展開が目立つのは定番的なニットぐらいで10〜20色も展開されるアイテムもあるが、同じ素材でもカーディガンなどは3〜4色のベーシックカラーに絞られている。

一部を除いてカラーは絞られてもサイズ展開はライバルを突き放すスケールで、メンズ(半分近くの品番がユニセックス対応)のアウターやトップスは6〜8サイズ、イージーフィットなボトムは8サイズでもデリケートフィットなボトムは14〜16サイズも揃えている。その棚割りを欠品なく維持するには膨大かつ多段階な補給在庫の積み上げが必要で(多段ダム式ロジスティクス)、緻密に運用しても在庫効率には限界がある。好調だった24年8月期でも3.0回転(ファーストリテイリング連結)がせいぜいだ。

とは言え、そこまでサイズやカラーのSKUを広げて顧客のカバー率を高め、欠品しないよう補給在庫を積み上げれば、いかなるライバルも在庫負担に耐えずSKUや補給を絞って正面対決から逃げてしまうから、参入障壁の地雷原となっているのは間違いない。「インクルーシブ戦略」は一度確立すれば独占的な参入障壁となる好例ではないか。

 

■「エクスクルーシブ戦略」の幻想

 アパレル業界はマスメディアから雑誌メディア、近年はSNSとメディアを切り替えて「神話」を創造し信者を掴むという差別的な「エクスクルーシブ戦略」を仕掛けてきたが、マーケットやメディアのセグメントが細分化されるに連れブランドの売上規模も小さくなり、仕掛ける経費や流通コストに見合わなくなって来た。その究極はSNSで繋がるフィルターバブルなマイクロマーケットで、個人営業的な軽装備でコストを抑えて年商1億円でも利益が出る仕組みで多ブランド化し、急成長して東証グロースに上場したユトリの成功劇の反面、従来の規模感と装備で細分化したマーケットを狙うアパレルは損益が成り立たなくなっている。

 軽装備でコストを抑えたマイナーな成功はともかくメジャーな成功を求めるなら「エクスクルーシブ戦略」は壁に当たっており、発想を切り替えて「インクルーシブ戦略」に転ずる必要がある。チェーンストア衣料品も細分化していくクラスターやテイストを追ってフィルターバブルなマイクロユニットの集積に向かっていたが(「アベイル」が典型的)、マイクロユニットは小商圏では需要不足を否めず、どうバラエティを広げても顧客カバー率は限界がある。

どこかで「インクルーシブ戦略」に転じて生活圏の限られた顧客を広くカバーすべきだが、在庫負担の大きい「ユニクロ」モデルはハードルが高すぎる。第三の選択はインクルーシブな商品をVMI※で自動補給するOMOテリトリー保証(テリトリー内顧客のEC売上も含む)の商品供給型FCだと思うが、ワークマンの試行錯誤から次が見えて来ることに期待したい。

※VMI(Vendor Managed Inventory)・・・あらかじめ定めた陳列棚割と販売計画に基づいてベンダーに在庫管理と補給・補充生産を委任する取引形態。同一商品を継続補給する「台帳型サプライ」が一般的だが、アクセサリーやベルトなど服飾雑貨では類似アイテムをリレー供給する「トコロテン型サプライ」も多い。

 

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