小島健輔の最新論文

WWD 小島健輔リポート
『セブン&アイが迫られる「最終選択」』
(2024年11月29日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 セブン&アイ・ホールディングスはそごう・西武を二束三文で叩き売ったのも束の間、カナダの大手コンビニチェーンACT(アリマンタシォン・クシュタール)に買収を迫られ、非コンビニ事業の分離によるグローバルなコンビニ専業チェーンへと舵を切ったが、ACTに対抗すべく創業家が買収による非公開化を提案するに及んで、ACTの買収提案を受け入れるか、創業家の買収提案を受け入れるか、はたまた現経営陣による独自路線を貫いて上場を維持するか、最終的な選択を迫られている。

 

現場も顧客も取引先も蚊帳の外のマネーゲームの行方

 

 そごう・西武の売却もそうだったが、今回の買収合戦も現場も顧客も取引先も蚊帳の外にしたマネーゲームと言うしかない。どちらが買収するにしても買収合戦以前の企業価値(株式市場の評価)をはるかに上回る巨額資金を投ずることになるが、果たして回収の見込みはあるのだろうか。

 ACTの買収提案が表面化する直前の8月16日には4兆5866億円だったセブン&アイの時価総額はACTの買収提案が日本経済新聞で報じられた8月19日には5兆6284億円に跳ね上がり、創業家による買収提案が公表された11月13日には6兆4853億円、11月20日には6兆7640億円と、この間に47.5%も高騰している。ACTの最初の買収価格一株14.86ドルは為替レートにもよるが、おおむね総額4兆5000億円と24年2月期の時価総額の最低水準に近く、セブン&アイの経営陣ならずとも「著しく過小評価」と突っぱねるのは当然で、ACTとしてはセブン&アイ側の反応を見る観測気球だったと思われる。

10月9日に開示された再提案買収価格1株18.19ドルは、為替レートにもよるが7兆円から7兆1000億円ほど。創業家による買収はこれを上回る必要があるが、ACTが買収価格を引き上げれば8兆円に迫る攻防になりかねない。

セブン&アイの企業価値はACTによる買収提案前の時価総額の推移から4兆5000億〜5兆5000億円と見られるが、24年2月期末の自己資本は3兆7165億円、EBITDA(営業利益+減価償却費+のれん償却費)は1兆500億円、25年2月期中間期の自己資本は4兆2205億円、25年2月期の予想EBITDAは9758億円だから、間を取れば自己資本3兆9685億円+EBITDA3年分3兆0387億円=7兆72億円が常識的な買収価格で、ACTが再提示した18.19ドルとほぼ一致する。

買収後の収益力をどう見込むかで決着価格は左右されるが、ACTは買収後の食品・飲料売上高の伸び(後述する)を本気で見込んでいるから、EBITDA4年分までは積む気と見れば8兆円(20.50ドル)までは競り上げるだろう。対する創業家側は買収資金の調達も難儀して業績を抜本的に上向ける策も見えないから、ACT に競り負ける公算が大きい。ACTによる買収を拒否して独自路線で上場を維持したいと経営陣が思っても、こちらも下降気味の業績を一転して上向ける策も力量も見えないから、ACTが「想定していない」としている敵対的TOBを強行すれば大半の株主は応じると思われる。

 

ACT対セブン&アイの収益力と返済力

 

 買収価格をどこまで競り合うかはともかく、巨額買収資金を現業の収益力で返済して行けるのかという素直な疑問が頭を過ぎる。ACTとセブン&アイの経営効率と収益力を比較してみれば、どちらが返済能力が高いか見えてくるのではないか。

 ACTは24年4月期で前期比3.6%減ながら692億6350万ドル(150円換算で10兆3895億円)を売り上げて38億1020万ドル(同5715億円)の営業利益を計上している。24年4月期の売上対比営業利益率は5.5%と24年2月期のセブン&アイの5.5%と期せずして同水準だが、ACTの売上高はFC店売上高を含むチェーン全店の小売売上高で、ACTと同様にFC店の売上高を計上したグループ売上高(17兆7899億円)対比のセブン&アイの営業利益率は3.0%とACTの半分強の水準にとどまる。

コンビニチェーンに特化したACTと不採算のスーパーストア事業も抱えるセブン&アイを同列に比較すべきではないと思われるだろうが、セブン&アイのコンビニエンスストア事業もかつてほど高収益ではなくなっている。セブン&アイの国内コンビニエンスストア事業のチェーン全店売上対比営業利益率は24年2月期で4.7%、海外コンビニエンスストア事業(7-Eleven,inc.)も23年12月期で同4.1%とACTの5.5%とは格差があるから、正味のコンビニ事業を比較しても収益性は劣る。

セブン&アイは「不採算のスーパーストア事業も抱える」と言ったが、ACTとて薄利で収益性の低いガソリン売上比率が極めて高い。

ACTの直営店比率(店舗数ベース)は62.4%と、セブン&アイの国内コンビニエンスストア事業の1.5%(売上高ベース)、海外コンビニエンスストア事業(7-Eleven.inc)の同41.4%と比べれば直営比率が高く、FCへの利益分配が少ない分、チェーン全店売上対比の営業利益率は高くなる。その一方、ACTは全16,740店中、ガソリンスタンド併設のコンビニが78%を占め(実態は「コンビニ併設のガソリンスタンド」!)、ガソリンスタンドや洗車場だけのコンビニを併設しない店舗も存在する。

 

北米のサークルKは、日本のコンビニと根本的に異なる

 

ACTはチェーン全店売上高に占めるガソリン売上比率が73.7%と高く、商品売上比率は25.3%にとどまる(その他売上高が1.0%)。ガソリン売上高の粗利益率は11.40%と商品売上の34.82%の3分の1にも届かない薄利だからトータルの粗利益率も17.47%と低く、ガソリン売上比率が高い分、営業利益率は低くなる。

対してセブン&アイの国内コンビニエンスストア事業は商品売上高が100%(粗利益率32.2%)で、うち加工食品が26.6%(粗利益率40.2%)、日配食品が12.5%(粗利益率34.7%)、非食品が31.7%(粗利益率20.0%)、ファスト・フードが29.2%(粗利益率37.2%)を占める。海外コンビニエンスストア事業(7-Eleven,Inc.)はACT同様、ガソリン売上比率が62.0%と高く(商品売上高は38.0%で「その他」はない)、粗利益率も商品売上高の34.2%に対してガソリン売上高は11.65%と3分の1強にとどまり、トータルの粗利益率は16.65%とACTより82ベーシスポイント(100分の1%)も低い。前述した営業利益率の格差でも明らかなように、北米コンビニエンスストア事業はACTの方が経営効率が高いのだ。

 

ACTの株主資本131億8910万ドル(1兆9784億円、自己資本比率35.7%)に対してセブン&アイの株主資本は3兆7165億円(自己資本比率35.1%)と、自己資本比率に差はないが資本規模はセブン&アイの方が1.88倍も大きい。ACTの純利益27億3220万ドル(4098億円)に対してセブン&アイの純利益は2246億2300万円と55%にとどまるから、ROEはACTの21.2%に対してセブン&アイは 6.2%と資本効率は3.42倍もの大差が開く。株主配当と株価を重視して自己資本を抑制する欧米のROE経営と、配当を抑制して自己資本を積み上げる日本型のROA経営の違いだが、欧米の投資家は当然ながらACTの経営効率を評価する。

ACTのEBITDAは24年4月期で55億9610万ドル(8394億円)、23年4月期で57億6170万ドル(8643億円)と、セブン&アイの24年2月期の1兆550億円、23年2月期の9953億円の方がやや勝るが、巨額の買収費用を返済する能力は経営効率で格段に優るACTの方が確実に上回る。加えて、創業家側は買収によって負債が膨らんでも収益力が飛躍的に向上するわけではないが、ACTの方は買収によって収益力が飛躍的に向上する公算が極めて高い。

 

北米のコンビニは日本のコンビニとは根本的に異なる

 

もうお分かりだと思うが、わが国のコンビニエンスストアと北米のコンビニエンスストアは全く別の商売だ。北米では給油のついでに食品や日用品を「品ぞろえが限られて割高!」と思いながら最低限、必要に迫られて購入するドライバーズ・サービス拠点で、給油だけでコンビニを利用しないケースも多いが(米国7-Elevenの来店目的は給油75%、食品・飲料購入43%)、わが国では食品や日用雑貨から化粧品やドラッグまで日用必需品の買い物、ファストフードや惣菜・弁当などの中食、公共料金などの支払いを手早く済ませるという時間節約ニーズを基本に、コンビニスィーツなどの付加価値PB(プライベートブランド)や即食デリバリー、通販商品の受け取りや返品など、近隣生活圏のワンストップ・サービス拠点と言う性格が強い。

ガソリン売上高の粗利益率は商品売上高の3分の1ほどに過ぎないから、セブン-イレブン・ジャパンのように付加価値の取れるPB食品やファストフードを拡大すれば、粗利益率が大きく向上するばかりか、給油だけで終わっていた来店客が商品やフードサービスも利用するようになって「日販」も跳ね上がる。「日本のコンビニエンスストアは世界のコンビニを変えていく宝だ。日本から学んで成長していきたい。」というACTのアレイン・プシャード創業会長の言葉は本音と受け取るべきだろう。

ACTは巨額を投じてセブン&アイを買収しても十分に投資を回収できる目算があるのに対し、セブン&アイの現経営陣も創業家も具体的な目算が見えていない。とりわけ現経営陣は、他の大手百貨店が軒並み過去最高益を享受する中、そごう・西武を建て直せず二束三文で叩き売ったという無能ぶりに加え、「本業」たるコンビニエンスストア事業でも手腕を疑わせる業績が露呈している。

3〜10月でファミリーマートやローソンが既存店売上高を伸ばす中、国内コンビニエンスストア事業(セブン-イレブン)の既存店売上高は8カ月中5カ月も前年を割り込み、25年2月期中間期(3〜8月)の「日販」もローソンが573千円と22千円、ファミリーマートも573千円と11千円伸ばす中、まだリードはあるとは言え699千円と2千円落としている。中間期の既存店売上高は99.8と前年を割り込み、営業利益は8.1%減少している。北米コンビニエンスストア事業はさらに苦しく、4四半期連続で既存店売上を落として25年12月期中間期(1〜6月)は前年から3.2%減少し、チェーン全店売上高は2.0%、営業利益は26.5%も減少している。

ACTとて24年8〜10月期は物販の既存店売上高が米国で1.6%、カナダで2.3%、欧州で1.5%減少して(買収効果で全店売上高は6.0%増)営業利益が前年同期から5.4%減少し、純利益は同13.1%減と四半期連続で割っているが、セブン&アイの北米コンビニエンスストア事業に比べれば落ち込みが小さい。

北米の7-Elevenに行ってみれば分かるが、日本に比べれば品目数が半分以下のスカスカで日常消費の当てにはならず、ウォルマートや食品スーパーに比べると明らかに割高(NBが大半だからモロに比較されてしまう)で、日本なら当たり前のカウンターサービスもないに等しい。加えて、店舗内外のクレンリネスも相当に危うく、テンポラリースタッフだけのワンオペも目立つから、日本のように「逃げ込める」安心感は到底期待できない。報告している人達はそれぞれに限られた地域の店舗しか見ていないのだが(私はロサンゼルス地区のみ)、そんな印象がほぼ共通しているから、現経営陣の経営管理能力には疑問符が付く。

 

誰に経営を委ねるべきか

 

 ここまで状況を洗ってくれば、セブン&アイの経営を誰に委ねるべきか、読者は相応の見識を得られたと思う。ACTの買収提案を受け入れるか、創業家の買収提案を受け入れるか、はたまた現経営陣による独自路線を貫いて上場を維持するかの選択は独立社外取締役を長とする特別委員会に委ねられているが、現経営陣や創業家に忖度しないで買収後の最善の将来を担保するなら、もはや結論は出ているのではないか。

 ACTに委ねるなら即時にチェーン全店売上高30兆円の小売りチェーンが成立し、ACTのチェーン運営管理体制とセブン-イレブン・ジャパンの商品開発とサプライ体制が相乗して北米事業の売上高と収益が上向いていくのは確実だが、セブン&アイの現経営陣に委ねては現状を多少は改善できても飛躍的な体質転換は望めない。「30年度にグループ売上高を30兆円以上に伸ばす」と打ち上げても具体策に乏しく、10月10日には2025年2月期連結業績予想を営業利益は26.1%、当期純利益は44.4%も切り下げて前期から27.4%の減益(23年2月期からは42.0%の減益)になる下方修正を発表しているから、現経営陣にACT以上に「企業価値」を上げていく力量を期待するのは無理がある。 

創業家にも妙案があるわけではなく、自己資金と3メガバンクからの融資だけでは足りず、ファミリーマートを擁する伊藤忠商事を引っ張り込もうとしたり(合計すると国内コンビニ売上高の72.2%に達するから独占禁止法上のハードルが極めて高い)、果ては米国のKKRなど大手投資ファンドにも支援を要請するなど資金調達に四苦八苦している。創業家に現経営陣以上の戦略や経営力があるはずもなく、万が一、創業家主導による買収が成功しても収益力の向上は望めないから、気の遠くなるような借金の返済に追われる生き地獄になり、資産売却や資本再編に追い込まれるのは必定と思われる。

現経営陣にも創業家にも巨大組織を率いて難局を切り抜けていく腹の座った創業経営者はもはや存在しないが、ACTにはアレイン・プシャードという創業会長が健在で、北米コンビニチェーンの経営にも同氏のガバナンスが活きている。セブン&アイの各事業に対する洞察も確かで、「セブンの食品や飲料、物流や配送は世界水準の宝で、買収が叶ったら欧米でも日本式の運営手法を取り入れたい」との発言からは買収への真摯な想いと買収する企業に対する武士道的敬意がうかがえる。そごう・西武の売却をめぐる混乱を見ても、果てしなく不採算店を切り捨てていくイトーヨーカ堂の敗走劇を見てもセブン&アイのガバナンスはすでに破綻しており、リーダーシップと言う一点でも勝負はついている。

米国コンビニ市場は上位10社合計シェアが20%に届かず、10店未満のチェーンが店舗数の63%を占めるという群雄割拠状態にあり、わが国とは事情が大きく異なる。両社が合併しても合計占拠率は店舗数ベースで12.3%に過ぎないから、ACTは占拠率が高い地区の店舗を一部、売却すれば独占禁止法のハードルはクリアできると見ている。創業家主導の買収で障壁となるセブンとファミマの合計売上占拠率72.2%の方が格段にハードルが高いのは明らかだ。

すでに答えは出ているようなものだが、競り合いになれば買収投資の負担がかさんで現業の経営にも重荷となる。ACTにしてもセブン-イレブン・ジャパンの商品開発やサプライチェーンのノウハウを手に入れるのに会社総体を買収する必要はないのだから、資本提携して相互に協力し合うという合理的な選択もあるのではないか。それとスーパーストア事業など非コンビニ事業(中間持ち株会社として分離されたヨークホールディングス)の売却や外部資本導入は別の懸案と割り切るべきだろう。

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