小島健輔の最新論文

ダイヤモンド・チェーンストアオンライン
『値上げしたのにアパレル業界が利益に結び付かない2つの理由』
(2024年11月13日付)
小島健輔 (株)小島ファッションマーケティング代表取締役

 

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 一息付いたかと思われた円安がぶり返して食品を中心に値上げラッシュが再燃する中、チェーンストアの衣料品はコスト転嫁のインフレ政策(値上げ)に走って良いものだろうか。衣料消費の実情を正視すればインフレ政策の無理は自明で、チェーンストア衣料品は生活防衛に身構える消費者に応える必要がある。

 

■インフレする食品に圧されて回復が鈍い衣料消費

 今春に30年ぶりという大幅賃上げがあってもインフレに相殺され、実質賃金がプラスとなったのはボーナス月の6月、7月だけで、8月は再びマイナスに転じている。5月以降は大幅賃上げ効果で消費は上向いているが、一旦は円高に転じても直近では再び円安が進行しており、帝国データバンクの調査によれば11月の食品値上げ品目数は11ヶ月ぶりに前年を超えて平均値上げ率は16%に及び、25年も値上げラッシュが継続すると報じている。

1〜8月累計の名目家計消費支出(二人以上の世帯)は19年を0.9%超えるまで回復しているが、19年から10.9%も肥大して家計支出の29.6%(エンゲル係数、19年は25.7%だった)に達した「食品」に圧されて「衣服及び履物支出」は19年比88.5%にとどまり、家計支出に占めるシェアも3.36%(アパレル2.00%)と19年から0.32P(アパレルは0.21P)低下している。05年のエンゲル係数は22.9%だったから24年1〜8月は6.7Pも上昇した一方、「衣服及び履物支出」は4.44%から同3.36%と1.08P、00年の5.09%からは1.73Pも落ちている。

すっかり貧しくなってG7最貧国に転落し、社会負担とインフレで手取りが目減りする日本国民が、飢えを癒すためにお洒落を犠牲にしていることが統計からも見て取れる。リーマン前までは通勤電車のOLの半分ぐらいは何らかのラグジュアリーブランドのバッグを持っていたのに今や滅多に見ることがなくなり、これ見よがしに持っているのは外国人観光客ばかりになったが、なんだかバブル期のパリやロンドンで見た風景の裏返しに見える(現地の方々がシックに装う中で日本人観光客だけがブランドもので着飾っていた)。

サンプルが8000世帯ほどと限られマーケット全体とは多少の誤差を否めない家計調査だが、インバウンドの押し上げもある全国百貨店「衣料品売上」さえ1〜8月累計で19年比89.8%と9掛けに届かず、商業動態統計「衣服・身の回り品小売業売上」に至っては同19年比76.7%と8掛けにも届かないから、衣料消費の回復が極めて鈍いのは間違いない。食品の値上げが続く限り衣料消費の低迷も続くのではないか。

 

■値上げが利益に繋がっていない衣料品業界

 食品メーカーや食品卸売業の決算を見ると値上げがほぼストレートに売上はもちろん利益にも反映され、一部には不調企業もあるもののスーパーマーケットでも同様の傾向が見られるが、衣料品業界では値上げが業績に繋がっていないケースが大半だ。

産地が空洞化した我が国の衣料品供給は輸入品が数量ベースで98.4%(23年)を占め、国産品の供給数量シェアは1.6%と限られるから、為替レートが調達コストをストレートに左右する。23年の供給数量は34億2533万点(下着類を含む)と22年から4.9%、19年からは14.0%も減少、うち輸入品数量は33億7052万点と22年から4.7%、19年からは10.5%減少したが、円安が進行して金額ベースでは22年から0.9%、19年からは8.7%増えている。23年の輸入単価は881.1円と22年から5.9%、19年からは21.5%も上昇しているが、この間に円の対ドルレートは29.1%も下がっているから、輸入単価は生産地シフトなどの業界努力によって多少なりとも抑制されている。

家計調査のアパレル(洋服+シャツ・セーター)の平均支出単価を「購入単価」、小売市場規模(繊研新聞調査値)を供給点数で割ったものを「供給単価」と仮定し、「購入単価」を「供給単価」で割った指数の推移を見れば業界の歩留り率(供給売価に対する実現売価)の変化が推察できる。「購入単価」はアパレルのみの平均、「供給単価」は下着類を含む平均なので後者の方が低くなり指数そのものは意味をなさないが、指数の推移から乖離の趨勢を掴むことはできる。

23年の供給単価は2739円と19年から12.8%も上昇したが、世帯あたり購入点数は19年から17.3%減少し、購入単価も3899円と逆に19年から2.5%低下した。消費者は値上げを受け入れず安い商品に流れ購入数量も抑制したから、衣料品業界の歩留り率は15.7%も低下したことになる。「購入単価」を「供給単価」で割った指数も、11年から14年までの円高サイクルの平均1.90倍から、円安が始まった15年には1.70に落ち、円安が急進した22年は1.49と1.5倍を割り込み、23年は1.42倍まで落ちたから、その分、業界の利益は薄くなっていったと推察される。

 

■日米で加速するトレーディング・ダウン(格下げ消費)

 23年来の円安インフレ局面では値上げした者勝ちといった風潮さえあったが、個別の事例はともかく、業界全体で見れば値上げは受け入れられず、日米とも「トレーディング・ダウン」(格下げ)が進んだ。

移民と投資資金の流入で経済成長が続く米国でもリベンジ消費が一巡した23年4月以降、百貨店の売上が低迷しており、前後してラグジュアリーブランドの売上が落ち始め、ケリング(グッチやサンローラン)やLVMH(ルイ・ヴィトンやディオール)、カプリHD(ヴェルサーチェやジミーチュウ)やタペストリー(コーチやケイトスペード)の業績も陰っていった。23年の4Q頃から売上不振がより一般的なNB(ナショナルブランド)にも広がり、ザ・ノースフェイスまで前年を割り込んでVFコーポの業績も悪化した。

その一方で価格を手頃にして再構築したアバークロンビー&フィッチの人気が復活し、ギャップやアメリカンイーグルなどの手頃なカジュアルチェーン、ウォルマートやターゲットの衣料品も復調しているから、米国では中低所得層に限らず高所得層までトレーディング・ダウンが広がっている。コロナ禍を経て米国人のライフスタイルがようやく成熟し、欧州人的な「Chic」(これ見よがしにブランド品で着飾らない目立たない洗練)に目覚めたと見ることも出来よう。

 地方や郊外の百貨店が次々に閉店し、ラグジュアリーブランドも大都市都心部への店舗集約を進め、円安もあってインバウンド消費が拡大する我が国ではトレーディング・ダウンの実勢が見えにくいが、前述した統計データを見れば米国以上にトレーディング・ダウンが進んでいる。都心百貨店の活況は地方・郊外に加えて都心ターミナルの百貨店(渋谷の東急本店・東横店や新宿の小田急本店本館など)まで相次いで閉店した上にインバウンドが加わったためで、前述したように百貨店衣料品は回復が遅れており、百貨店アパレルの店舗売上は19年の8掛け前後で停滞している。

 売場面積が半減するゆえラグジュアリーと食品、化粧品に絞り込んでアパレルNB売場を極端に圧縮する西武池袋本店の改装計画は百貨店業界の趨勢を表しているし、長らく低迷が続いたNB依存のジーンズカジュアルチェーンは次々に行き詰まって破綻か買収の憂き目に瀕しており、これまで好調だったアウトドア・スポーツ系NBにも翳りが広がり始めている。その一方で一人勝ちしているのがファーストリテイリングの「ユニクロ」であることは言うまでもない。

 米国のトレーディング・ダウンと同様な図式なら他の手頃なカジュアルチェーンや量販店の衣料部門にも格下げ消費が流れるはずだが、業績が加速するカジュアルチェーンは見当たらず、チェーンストア衣料品にも復活の気配はない。いったい何が米国と日本の事情を分けているのだろうか。

 

■巨人の存在の有無という日米の競争環境の違い

 品質は怪しいものの激安の中国発産直越境EC(TemuやShein)に席巻されているのは日米とも変わらないが、経済成長率と実質所得の伸びには格差がある。それより大きな違いは衣料品供給における寡占企業の存在ではなかろうか。

 米国のアパレル市場規模は23年で3260億ドルほど(日本のほぼ5.8倍)と推定されているが、ブランド単位に見れば最大の「OLD NAVY」(米国内売上74.6億ドル)でも2.29%、「GAP」(米国内売上24.7億ドル)は0.76%を占めるに過ぎず、「H&M」(企業全体)の米国内売上は30.8億ドルほどだから0.95%、「ZARA」は南北米州で51億ユーロほどだから米国内のシェアは1.00%に届かなないと思われる。

 対して「ユニクロ」の国内売上は24年8月期で9322億円と、23年国内衣料品小売市場規模(矢野経済83564億円/商業動態統計85160億円/繊研新聞社93823億円と調査によって幅がある)の9.99%から11.16%を占める。「ユニクロ」は下着類や洋品雑貨も扱っているから、その領域に近い繊研新聞社の集計に従えば(矢野経済は洋品雑貨を含まない)、ほぼ10%を占めていることになる。

 「ユニクロ」は米国で最大シェアの「OLD NAVY」の4倍もの占拠率を確立しており、続く「しまむら」も24年2月期で4770億円と「ユニクロ」の半分を超える5.08%を占めている。続く「ジーユー」(事業売上3191億円)の国内売上も3000億円を超えているから、3.23%ほどのシェアに達している。次いで「ワークマン」のチェーン全店売上(24年3月期、FC売上が91.8%を占める)が1752.5億円と1.87%を占めるが、以下は「グローバルワーク」が24年2月期で516億円と0.55%を占めるのみで、1.00%に届くブランドはない。上位3ブランド、とりわけ「ユニクロ」の占拠率が突出しており、巨人が存在する競争環境が特筆される。

 「ユニクロ」という巨人は圧倒的な占拠率(開発・生産ロット)と開発体制で我が国衣料品市場の競争環境を決定づけている。その結実が品質(素材と生産仕様)と価格に裏付けられた「お値打ち」であり、『このアイテムがこの品質でこの価格』という水準が消費者にデフェクトスタンダードと認識され、他社の商品は品質と価格をシビアに比較されてしまう。開発体制と生産ロットの桁が違えば、他者がこのハードルを超えて消費者に支持されるのは至難の業だ。

 

■チェーンストア衣料品の選択

「ユニクロ」の「お値打ち」を成立させている基本要件は以下の3点に尽きるのではないか。

1)万人に受け入れられる定番の普段着たる「ライフウエア」のスペック(パターンと生産仕様)追求

2)在庫効率を犠牲にしても万人をカバーし生産ロットを増幅する豊富なサイズ展開とカラー展開

3)高品質・高機能な素材を低コストで開発する圧倒的生産ロットとサプライヤーとの製販同盟

 「ライフウエア」のスペックは国内外の競合と消費者の変化に揉まれ、多彩なクリエイターとのコラボを重ねてブラッシュアップして来たものであり、今後も不断のアップデイトが続けられるはずだから、社内に対抗できる開発チーム(デザイナー、パタンナー、生産管理)を抱えていないと勝ち目はない。この3点は有機的に連携しており、出店政策や物流体制、店舗運営の効率化とバランスをとりながらステップアップして今日に至っている。

 こんな巨人に正面から立ち向かってチェーンストア衣料品が生き残っていくのはハードルが高すぎるが、成功へのプロセスもビジネスモデルもワークフローも明白だから、相応の決意と投資、一勝九敗の粘りがあれば不可能ではない。そんな挑戦が出来るのは限られた大手企業になるから、大多数の事業者は正面からの対決を避け、異なる立地と購買局面にチャンスを見出すべきだろう。

 定番の普段着たる「ライフウエア」をお値打ちな品質と価格で提供するには大ロット計画生産による「縦売り」が必定だから、「お値打ち」を競うならFC展開に徹して販管費率で優位に立たないと後発者に勝ち目はない。その意味でワークマンは評価できるが、買取型のFC展開が難しくなるようなファッション性を志向すれば全てが崩れかねない。

 自ら開発チームを抱えての商品開発が売上規模とコストに合わないなら、商品企画とスペックを競って供給してくれるサプライヤーのパワーを上手に活用して低コストに「横売り」するという選択もある。生活圏立地の食品スーパー併設店舗ならシンプルな平場構成の衣料スーパー、地域圏立地のモール核店舗なら客層別のSPA型単品平場(直営またはFC)とコンセ複合大箱(一括販売代行)の組み合わせが合理的な選択と思われる。「ユニクロ」あるいは「ジーユー」という価格とお値打ちのデフェクトスタンダードが存在する以上、コスト転嫁の値上げは通らないから、ローコスト運営の仕組みを独自に確立する必要があるが、「ユニクロ」と「しまむら」の運営方法(店舗マテハンと物流)の違いを仔細に学べば自ずから見えてくるのではないか。

 

 

 

 

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